自分の論理を捨てて、新たに他人の論理に染まり新たな神や仏に執着し縋るのなら、それは単に洗脳されただけでしかないでしょう
想像もしない未知の素敵な新論理にリセットされる、などというのは、都合のいい奇跡願望でしかないでしょう

そしてその新たな論理に従ったところで、欲望を追い続けるかぎり、そこからうまれる新たな苦に苛まれるだけです

自分の身体も過去の経験もそれによって形成された脳の状態も全て捨て去ることなどできませんし、そうする必要もありません

気づくべきなのは、より良く、より多くを求め望み、それを叶え続けようとする生き物の持つ本能が、それが叶えられることのない諸行無常のこの世においては必然的に苦を生み続ける、という関係だけです

むろん本能であるがゆえに、気づいても反発し、否定し、回避したいと思うことでしょう

それらを排してなお、受け入れがたいが動かしがたい現実を直視し、ついに体得することが修行であり涅槃への道なのです