ゴータマですら、自ら悟ったあと、それを他人に説こうとは当初思わなかったわけです
一人静かに悟りの境地に達し、他人に広めることのない独覚という存在もあるわけです

大体において、ことさらに慈悲を掲げる多くの者が、手放すことのできる多くの財物を握ったまま、それを説いているのは滑稽なことです

何故自らはその華美な袈裟を脱ぎ、豪華すぎる寺院を辞し、金ぴかの偶像仏具を売り、しまいこんだ書画珍宝を蔵から出し、粗食に徹して
それをもって苦悩する衆生を助けることをしないのでしょうか

そんな彼らの説く慈悲には、大衆を動員しコントロールするために都合よく使われるプロパガンダ以上の意味はないでしょう