論争は必要である。

Aは、xは無いと信じている。
Bは、xは在ると信じている。
AもBも真摯な求道者である。
経典を見ると、釈迦は、ある箇所では、xは無いと言っているが、
別な箇所では、xは在ると言っている。

ここで論争が始まる。
その結果の一つとして、例えば「勝義説」と「世俗説」のような解釈が生まれる。
最終結論かは分からないが、より深い理解には進んでいる。
論争が無ければ、AもBも反知解のまま一生を終えた。