この世を脱することを欲せず、苦しみながらも欲望を追い、競争して勝つことを求め、自らや一族の繁栄をなにより望む人は、その対極にある悟りなど求めず、その時代の常識のなかでいままでどおり生き続ければいいのです

そしてそのような人々に必要なのは、苦しみを紛らわせ、加護や利益を頼み、縋る対象なのであって
神であれ阿弥陀であれ、仏像であれ呪文であれ鰯の頭であれ水素水であれ、カリスマ教祖であれアイドルであれ、そして大乗の坊主であれ、信じられすれば何でもよいわけです

そのような人々にゴータマが説いたのは、できることならばこの世を脱しようと修行する仏教修行者を助け、排斥しないようにしなさいという以上のものはありません

諸行無常で一切皆苦のこの世に絶望し、苦しみあえぎ、そこから脱しようと願う人に対してのみ、ゴータマはそのロジックを示したのであって、そこにしか意味ある言葉はありません