人は死ねば、その肉体は分子や元素に分解してしまう。
仏教は、それでも「我」は輪廻すると言うのだから、
「我」は肉体無しでも存在すると言ってるのに等しい。
ならば、「我」はどのようにこの世で存在し、あの世で
どのように存在するかは、科学者でなくとも知りたいことだ。

それについて仏教は、いっさい答えていないように見える。
それどころか、それは問うなと言ってるように見える。