私なんかは思うんですが
古代ギリシャのころよりある議論ってけっきょく勝負ごとですよね
言葉というものを駆使して相手より正しいと「思わせる」
そのため古代ギリシャには口が上手いソフィストなる怪しい職業が跋扈していたらしく
ソクラテス先生はその反動として知ったぶりを否定しておられましたが
仏教すくなくともお釈迦様が真理にとって大事に思わなかったのはとうぜんな気もします