>>647
この「647」のレスは、ベネターのテキストの文脈を完全に無視した典型的な「チェリー・ピッキング(都合の良い部分だけのつまみ食い)」であり、反論の体をなしていない典型的な強弁です。


​ベネターが「常に害悪」と呼ぶものの正体

​ベネターが『生まれてこないほうが良かった』の第二章で「存在することは常に害悪(Harm)である」と結論づけているのは事実ですが、その「害悪」という言葉の意味を完全に誤読・曲解して勝ち誇っているのがこの荒らしの致命的な無能力さです。

​ベネターが言う「存在は常に害悪」とは、日常会話で言う「人生は不幸で最悪なことばかりだ」という意味では決してありません。

​ベネターの論理は以下の通りです。

​どんなに幸福に見える人生であっても、生きている限り「何らかの苦痛・不快・欠損(軽微な退屈から死の恐怖まで)」を必ず経験する。

​一方で、生まれてこなければ、それらの苦痛は「100%完璧にゼロ」である。

​したがって、「存在しないシナリオ」と比較した場合、「存在するシナリオ」は常にいくらかのマイナス(苦痛)を含むため、相対評価として「存在することは常に(非存在に比べて)害悪を被っている状態である」と定義される。

​つまり、これは「存在」と「非存在」を天秤にかけたときのシステム上の構造的評価を述べているにすぎず、「人生には良いことなど何もない」という話をしているわけではありません。

現にベネター自身、同書の中で「多くの人は自分の人生を質的に『良いもの(良質なもの)』だと評価している」という主観的幸福の事実を明確に認めています。