>>761

745 考える名無しさん 2026/07/12(日) 22:31:00.59 0
>苦痛を100%排除した「純粋な快楽の不在」という極端なケースを想定しなければ、マトリクスの「快楽の不在」という記号そのものの性質を取り出せないからです。
彼は、倫理学の基本的な思考実験の手続きすら理解できないから、これを「現実の出生は~」と泥臭い現実論ですり替えて逃げているのです。


「苦痛を100%排除した『純粋な快楽の不在』」と
「快楽を100%排除した『純粋な苦痛の不在』」を比較した結果として、評価が対称化してしまっては、非対称性論を論拠に「生むべき」、あるいは「生むべからず」という規範は導けませんよね?
なので、評価が対称状態にあるにも関わらず「生むべき」という規範が導けてしまうと主張するならば、それは快楽と苦痛の比較という手続きを無視し、「純粋な快楽の存在」のみを想定していませんか?という疑義なんだけど。