概ねその理解でよいですが、少し正確に整理する必要があります。

岸田秀は精神科医・臨床家として精神分析治療を大量に経験した人物ではありません。彼の精神分析は、フロイト派の臨床実践から帰納的に組み立てたものというより、フロイト、アドラー、ユング、エリクソンなどの精神分析理論を読解し、それを文化論・人間論へ拡張したものです。

岸田秀の経歴を見ると、早稲田大学文学部で心理学を学び、大学教員として心理学・精神分析を研究しましたが、典型的な精神分析家の養成過程(精神分析医としての訓練分析、長期の患者治療、臨床症例研究)を経た人物ではありません。

この点が浅田彰らの批判につながります。

精神分析の伝統では、理論は単なる読書や哲学的思索から作るものではなく、患者との治療関係の中で観察される転移・抵抗・無意識的行動などから検証されるべきだ、という考えがあります。そこから見ると、岸田の「唯幻論」は、

人間は本能を失ったため幻想によって生きる

個人だけでなく国家や文明も幻想体系を作る

歴史的事件を心理的外傷として読む


という大きな説明体系を持つ一方で、「それはどの臨床事例から導かれたのか」「どの条件なら反証されるのか」という問題が残ります。