>>673
ChatGPT

ハワイ王国・ハワイ共和国と米国

これは韓国との比較では非常に重要です。

1893年、ハワイ王国のリリウオカラニ女王が、米国外交官・米軍の関与する状況下で政権を失いました。米国自身の資料でも、当時の米国政府がその後の経緯を問題視したことが確認できます。米国議会調査局も、1893年の王国転覆について、米国公使と米軍が関与したことを認めています。

さらにグローヴァー・クリーブランド政権は、転覆の合法性に疑問を呈し、復位を試みました。

しかし、暫定政府は共和国となり、1897年には米国との併合条約を締結しようとしました。ところが上院で必要な3分の2を得られず、条約は成立しませんでした。その後、1898年に米国議会がニューランズ決議によって併合しました。米国国立公文書館も、この経緯を確認しています。

ここは韓国との比較で非常に面白い。

韓国の場合、

「日本による圧力下で韓国政府が主権譲渡に同意した」

ことが問題になります。

ハワイの場合、

「そもそも米国の関与するクーデターによって旧政府が倒され、その後成立した政府が米国への併合を求めた」

という構造です。

したがって、「外国勢力による政権転覆・圧力によって成立した政府の同意」をどこまで国家の真正な意思と認めるか、という問題について、ハワイはかなり強力な比較対象です。

しかも米国政府自身、1893年の王国転覆を後に問題として認識しています。

ただし、ハワイは「1910年当時の国際法上、併合が無効だった」と確定する事例ではありません。1898年の併合は実際には国際的に定着しました。この点も重要です。