>>688
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さらに木村氏自身、会議の韓国側参加者が「韓国併合を他のアジア・アフリカ諸国の植民地化と同列に扱われること」に心理的抵抗を持っていた可能性を指摘しています。そして、韓国側が自然法的・正義論的な方向に転換すれば、他地域の植民地支配との比較が可能だったのではないか、と述べています。

ここはご指摘の「衡平性」の問題ともつながります。

つまり、もし韓国側が、
「日本による韓国併合だけは、代表者への強制によって無効だった」
と主張するなら、

「では同時代の英国・フランス・ロシア・米国などによる、軍事的威圧・保護国化・征服・併合についてはどうなのか」
という比較問題を避けられません。
そして1910年当時には、そもそも征服という領土取得方式自体が一般国際法によって全面禁止されていなかった。
この前提を明示すると、韓国併合問題は、
「日本だけが悪かったのか」
という道徳的問題ではなく、

「1910年当時の国際法上、①征服そのもの、②軍事的威圧、③代表者への強制、④条約手続の瑕疵、⑤第三国による承認・受容をそれぞれどう評価するのか」
という法史学的問題になります。

したがって、木村論文が誤っているというより、「当時の国際法」を説明する際の重要な前提を十分に展開していないため、非専門家が「日本が合法だったのは、韓国が非文明国だったから」という単純な理解に流れる余地がある、という評価が最も妥当だと思います。