>>90
それはどうでもいいが、その対談で大塚がメール一通分の文章ってちょうど漫画のフキダシ一個分くらいの量じゃないの?みたいなことを言っていて、後に大塚が出した「感情化する社会」の装本にその視点が繋がってるんだな、とあらためて思う。
が同時に、これはワイが17才とかだった当時から思っていたことなんだが、漫画のフキダシがメール一通分っていうメタファー、というかメトニミーでいえば当時からブログや携帯小説みたいなものはすでにあって、それは影響力のないナラティブだから物語論の埒外のようにみえたのかも知れないが、ワイは同世代の女の子たちがこっそりガラケーで私小説みたいなのを書いてるのを横目に見てて、あぁこの人たちの頭の中には変な詩みたいなのがレイヤーの最上層にあるんだなぁと思ってたものである。