>>350
かなり「ヘーゲル左派的」と読める要素はあります。ただし、厳密には「典型的ヘーゲル左派そのもの」ではなく、「マルクスがヘーゲル左派に向けた批判が適用しやすいタイプの現代左派言説」とするのが正確です。

特に重要なのは、次の推論です。

「世の中は理不尽である」 →「公正・平等の可能性を広げる必要がある」 →「社会を拡張する方向が必要」 →「技術や再分配による弱者支援を強化する」 →「方向性は左寄りになる」

ここでは、最初の「理不尽」という価値判断から「左寄りの社会的方向性」がかなり直接的に導出されています。しかし、「理不尽な状態が存在する」ことと、「どの制度変更がそれを改善するか」は別問題です。さらに「社会を拡張する」が何を意味するのかも曖昧です。国家による再分配なのか、社会保障なのか、教育機会なのか、市場へのアクセスなのか、あるいは社会的承認の拡張なのかで、必要な制度は全く異なります。

ここがマルクスのヘーゲル左派批判と接続します。

青年ヘーゲル派に対するマルクスの批判は、「社会の現実的関係を分析するより、正しい批判意識を持つことを社会変革の中心にしている」というものでした。この書き込みも、

「理不尽さを認識する」 →「公正・平等を志向する」 →「社会を拡張する」

という「正しい意識」から政治的方向性を導出しています。したがって、思想構造としてはかなり類似しています。