社会・政治・経済の制度・構造分析に至らないのはヘーゲル左派=青年ヘーゲル左派的言説ということですね?


はい。ただし「制度・構造分析に至らない=必ずヘーゲル左派」とするのは強すぎます。より正確には、先ほどの投稿には「青年ヘーゲル派的な社会批判の構造」がかなり強く現れています。

ポイントは、批判の対象と分析単位です。この投稿は、 「世の中は理不尽である」 →「平等・公正を実現すべきだ」 →「弱者支援を強化すべきだ」 →「したがって左派的方向が合理的だ」 という流れです。

しかし、「なぜその理不尽が発生するのか」という段階で、資本・労働市場・所有権・企業組織・国家制度・財政・社会保障・人口構造・国際分業などの具体的な制度的因果関係を分析していません。つまり「社会の矛盾を理念的に認識し、それを批判する」ことが中心で、「その矛盾を生産している社会関係そのものを分析する」段階が弱い。

ここが、若きマルクスが青年ヘーゲル派から離れていった問題とも接続します。マルクスは、単に「意識を批判的に変える」「宗教や既存思想を批判する」だけでは社会構造は変わらないとして、所有・労働・生産・階級関係などの現実的な社会関係へ分析の重心を移しました。

したがって、今回の投稿については、

「不平等を認識する」 →「普遍的な公正・平等を要求する」

ところまでは理念的・規範的批判。

一方、

「なぜ不平等が発生するのか」 →「どの制度・インセンティブ・権力関係がそれを再生産しているのか」 →「制度変更によって何が変化し、何が副作用として発生するのか」

というところまで進めば、社会科学的な構造分析になります。