>>115
私の印象ではそれは科学というよりも科学的技術
のようなニュアンスではなかろうかというかんじです。
たとえば量子というのが何なのかわからなくても
量子コンピュータは可能になったりするものです。
しかしやっぱり単純に量子が何なのか
さらには何故それがわかりづらいのかを知りたいということがあって、
となるといわゆるパラダイムシフト云々ということになる気がするのです。
あるいはたとえば意識のハードプロブレムは本来は科学的なはなしだし
そしてそれに対する時計さんの答えはパラダイムシフトを要請するもの
であろうとも思ったりします。
だからと言って何がどうということでもないわけですけれども
強いて言うならロマンでしょうか。