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>そして、他者の意識は存在しない。
>仮に存在すれば、それは主体の意識の内側である。

私が知覚する<赤>という表象は、
あなたが知覚する<赤>という表象とは異なるだろうか?
またそれは、1つ2つと数えることが出来るだろうか?
もし仮に、<赤>という表象があなたと私で異ならなかった場合、
それははなから同一のものであるとは考えられないだろうか?
つまり、感情や感覚において、独在論的に自身が存在するのではなく、汎神論的に他者と自身の感情や感覚は偏在する。
そして、極端な理想化をやめてしまうなら、
もともと自身と全く同じ存在が他者であるならば、理解する必要はなく(なぜなら初めからすべて理解しているからだ)、
他者と自身は微妙に異なっているがゆえに、はじめて他者を理解することができるのではないだろうか?