>経験の事実や現象したのが実在だという観念から脱却しないと
>存在論的要求そのものについての出現や増大について事情が分かるようになる
>といったことではないこと
ここでは私は「実在」と「存在論的要求」でつまづきます。

「実在」というのは普通は客観的存在とされているものだったと思いましたが
これが歴史的に起こった覆すことのできない事実のような意味としてとらえると普通は意味が通らない気がします。
色即是空オッケーの私個人としてはその脱却を可能だとも思いますけど
美魔女さんがそこまで踏み込んでいるとすれば其れはなんだか不自然に思えるのです。

「存在論的要求」というのは「存在とは何か」という
存在論のメインテーマにあたりそうなそういうこととして解釈したのですが
いかがでしょうか。
するとこの一文を通したとき「存在についての認識を改めなければ
何故私たちが存在について疑問を持つのかを解明できない」というふうに読めることになって、
とりあえず個人的ながら何故これを普通に言い切れるのか、
どのようにしてその境地へ至ったのか、そこのあたりが気になります。
私としては単純に「根源的覚醒」とかかわるのかなとか思ってしまうのですが
一方で私は、何故私たちが存在に疑問を持つのかはもっと単純な事情による
と思っているので詰まり私の個人的な事情が混ざりつつもピンとこなかったり
するのです。
なお、哲学的な問題はその多くが擬似問題であり
それは錯覚に基づくというのが私の印象です。

いずれにしても以上の考察はまったくトンチンカンということもあります。
わずらわしいばかりになってしまっていたらタヒんで詫びるしかありません。
恐縮です。