>>10
せっかくなので私もひとこと(?)述べさせていただきたいんですけど、
まず私としては「客観」はどこまで行っても幻想だというのが基本です
(間主観は有ります)。
その上で如何にしてその幻想が可能になるのかというと、
じつは私もざっくり言うと超球面さんと同じで
つまり複数の主観の共通認識的なものによるのだろうと考えます。
私は最も単純な構造の主観は生物の誕生以前からあったのではないか
と考えているのですが、
物質宇宙はそのレベルから少しずつ形成された共同幻想ということになります。
問題はそこに収束させる何たるかですが、
漠然としたイメージながらアダム・スミスの「見えざる手」に通じるもの
ではないかと私はみています。
個人的に最近覚えた言葉もあげておくと、ブロックチェーンのところで出てきた
「自立分散型」という概念にも通じているかんじがあります。
これは「力」というよりも「作用」です。
なんだか不思議な感じがするお話ですけれども
さらに面白いのはこの作用のあり方も不思議な作用によって進化している印象
を受けるということです。

あるいは私は生物の存在は確率だけでは実現されない印象を持っていますけど、
「見えざる手」はそのあたりにも関わるのではないかと模索します。
初期条件だけならランダムな営みからも成立し得るものですが
そこから先は何らかの作用によって必然性をもつのです、と思います。