>>323
>物質が幻想であることを論証できればOKということですが
>やはり結構難しいと思います
私が「世界は幻想」とか言うときは二つの意味があったかもしれません。
まず、これは単純に認識の対象と認識している像との間には誤差がある
という程度の意味です。
それは何らかの化学物質が引き起こす幻覚のようなものではなく
感じている世界は構造的にそのまんまではないということです。
次に、認識の「対象」というのはどのようなものなのか、
一般には存在だと考えられているわけですが私は情報ではないかと考えています。
たとえばモニターに写っているコンピューターグラフィックは情報を映像化したもののようですが、
私たちが日常生活で実際に見ているものもそのような構造なのではないか、
クオリアとはよその主観から受け取った情報を元に構成されたものなのではないか、
そしてそう考えておけば意識の難問も解明できそうだということもあって
とにかくその方向で模索している、というかんじです。
もちろん難しいぶんには難しいことです。

>>324
もともと「意識」という言葉には色々な意味がありますが
私はいささか乱暴な使い方をしているのかもしれません。
「意識を獲得する」というのが自分を自覚できるようになるということであれば
それはたぶん猿が人間に進化して以降のことであろうと私も思います。
原始生物にも意識があるのではないかというのは
それが光に反応するのであれば光を感じているのではないかということです。
感情を持っているとか、言葉を持っているとか、そういうことではありません。
「単純な構造の意識」というのはたとえば光しか内在せず
言葉や感情はもちろん味や匂いや音さえも無いようなそういうもののことです。