不可避的に存在と述語、属性との間の混同を引き起こす危険があり
存在論が一種の不信の念を招くのは存在論を語る者が優れた意味で性質なき、規定なきものであるはずのものを
一つの性質として取り扱って更に実体化しているように見えるという事実から来るのです。👰
その結果 存在論の人は当たり前のことと存在をアイロペンと一緒にするような論理的に錯誤との間を揺れ動くという運命にあります。

解決は存在の普遍的現前の根底に置くこと。
そして私が不適当な言い方で思考の存在内部のもの、また同時に存在の思考超越性を認めること。👰

思考はそもそも初めから思考を越えたなにものかに関係しています

なので、でこすけくん、世俗の人、唯物論、実在論の人はそのものを思考が自分の中に吸収するかのように想定することは自分の真の本性を裏切っているわけです。👰