>>399

>感じている世界は構造的にそのまんまではない

例えるなら素粒子がスカスカみたいなことで合っていたでしょうか?

>次に、認識の「対象」というのはどのようなものなのか、一般には存在だと考えられているわけですが私は情報ではないかと考えています。

私としては、情報を認識するために選択された意味内容が認識の対象で
情報は認識の対象を決定するための選択肢といったところです

>たとえばモニターに写っているコンピューターグラフィックは情報を映像化したもののようですが、
私たちが日常生活で実際に見ているものもそのような構造なのではないか、

視覚情報をもとに物理的にコンピューターで再現したのがグラフィック映像なら、写実構造の発想は同じようなものなのでしょうね

>クオリアとはよその主観から受け取った情報を元に構成されたものなのではないか、

そもそもよその感覚の質?を想像することしかできないので、想像されたものがよそのクオリアを構成したことになるのかすらわかりません。

>原始生物にも意識があるのではないかというのは
それが光に反応するのであれば光を感じているのではないかということです。
「単純な構造の意識」というのはたとえば光しか内在せず
言葉や感情はもちろん味や匂いや音さえも無いようなそういうもののことです。

そういう単純な生物は単純に光を受信する器官が反応するだけで、単純な構造の意識を必要としないのではないかと思います