>>480-481
なるほど、ひさびさにガツンとやられました。
仕事帰りの電車の中での出来事です。
「存在」もイメージというのは何で今まで気付かなかったのか
くらいの案件です。
上り下りやったことが報われた気がします。
持つべきものは友というやつですか、感謝感謝でございます。

さて、私にはまだよくわかっていないことがあります。
「我思う故に我あり」の段階で何故私は「存在」を知っているのか
という問いです。
しかもそれは私だけでなくみんな知っているのです。
ここでアホレベルのはなしをすると
私が聞きかじった話によれば演繹法と帰納法とは循環します。
演繹法は帰納法によって、帰納法は演繹法によって正当化されるもの
ということなんですが(具体的には思い出せないスマソ)
この循環の中に私たちはどのようにして潜入したのか、
さらにはそのふたつを下支えしているのが自然界の斉一性とのことですが
私たちは何故それを知っているのか、
つまり暗黙の了解とは何なのか、
このあたりが課題になって行くのかなと思った
というおはなしでした。失礼しました。