>>611
意識に外部が無いとする立場では正しいだろうという気がしますけど
認識は意識の外部からの影響であろうと考える立場からすれば
むしろハードプロブレムにさえなりかねないところのように思えます。
もし仮に意識の外部に存在するものが精神とは異なる実体であるとき
そのようなものと精神とがどのようにして相互作用をするのかについては
とりあえずの印象として不可解です。

しかし意識の外側には本当に何も無いのでしょうか。
少なくとも私には意識があります。
時計さんにも意識がある気がします。
体験できないものは存在しないという原則は
必ずしもすべてに当てはまるわけではない気がするのです。

時計さんにとっての重要な関心事が意識の外側の状況であれば
>>612はそれはそうだと思います。
時計さんにとっては精神よりもむしろ物質の方が確かに存在するもの
ではあり得ると思います。
しかしそれは時計さんの意識の内部にある何かであって
普通は物質というのは意識の外側にあるものでしょうから
(そのものを体験することはできないものでしょうから
 のみならず素粒子は意識に現れるものですらないものですから)
私のかんじでいえば時計さんのそれはいわゆる物質ではないものです。
例えば目を閉じて林檎を想像するとき
普通の場合の普通の感覚では、その林檎は物質ではないとされている印象です。