人文知では、いい加減なことや思いつきをいくら言っても平気なのに対して、数学的な世界では、それが通らないところが良いところである。最近の話題ケースだと、ただの素浪人の坂本龍馬が、日本人を美化したい司馬遼太郎の脚色によって、偉人にまで仕立て上げられていたことなどもそういう人文知的ないい加減さの例である

そうした、いい加減な人文知に対して、数学宇宙にまともに入るためには、正規の通行許可証がいるのである。その通行許可証とは論理であり、論理の習得には長年の訓練を要請されるのである