哲学的な認識は、原理的に考えると主観にしかなり得ないので、それをいくら集めたり、理解したところで、それはある主観xを理解したことにしかならない。

私が数学に強調を置くのは、そうした哲学的な主観に、非主観的な数学的な認識を対置させるためである