Q
以下は反出生主義の提唱者デビット・ベネターの提示する非対称性論の擁護者と批判者による議論です。
批判者による批判が妥当か、客観的に判定お願いします。


擁護者:
「苦痛は「内在的悪」であり、主体が不在でも状態として悪(Bad)である一方、快楽は「経験依存的」であり、主体が存在して初めて善(Good)となるからです。」


批判者:
>ベネターの様々な主張に通底しているのが、我々の日常的な直観の説明に、ベネター自身の反出生主義的な直観が前提に置かれているので、人々の直観と広く一致するとは言い難い。

これが非対称性論への本質的な批判の一つになる。
反出生主義の文脈の外にいる人も含めて、人々に広く共有される直観の説明のはずなのに、その説明の中に既に反出生主義的な直観が導入されてしまっている。
ベネターの著作を読んで感じるのが、直観の説明が非常にレトリカルで、そういったものを持ち出さないと説明できない時点で「直観」とは言い難いのでは。

ここでいう「ベネター自身の反出生主義的な直観に基づく前提」とは、「基本的非対称性」だよ。
ベネターは、我々が日常的に行なっている非対称的な価値判断の説明として、基本的非対称性を提示している。そして、基本的非対称性から「生むべきではない」という普遍的な規範を導いている。
しかし、基本的非対称性はベネター自身の反出生主義的な価値観によって作られたものなので、我々に広く共有されているとは言い難い。
実際、哲学界では様々な批判がなされている。
つまりベネターは、非対称性を論証するために非対称性な価値付与を行なっているという意味において循環している。