703で荒らしは、ベネターへの反論としてこう書いています。

​「この反論は『存在すれば必ず幸福になる主体』という現実には存在しない仮想的な前提に依存している。」

​これも誤読であり、彼の読解力の限界です。

ベネターの非対称性マトリクス(特に「快楽の不在は悪ではない」という点)がターゲットにしているのは、そんなおめでたい仮想的存在ではありません。

私たちが日常的に行う「今、五体満足で、一般的な家庭に生まれ、問題なく、おそらくは人並みかそれ以上の『幸福な人生』を送るであろう確率が高い子供」を想定して生殖を行おうとする、現実の、一般的な親たちの動機(親の直観)の話です。

​ベネターは、「もし快楽の不在が悪(あるいは損失)であるならば、私たちはその『将来幸福になる確率が極めて高い子供』を、その子が味わうはずの快楽のためにこの世に生み出す絶対的な義務を背負うことになる(生殖強制の義務)」という、私たちの日常的直観に反するディストピアが導かれてしまう、と指摘したのです。