>>355さらにつづき
次に主観主義の限界はどこにあるのかです。
ただしこれは「どこあるのか」というよりも「どこに置くのか」
というニュアンスかもしれません。「主義」というのはそういうことです。
そしてこのとき私としては「自由意志」こそが予め与えられた絶対条件になる
ように思われます。
これは例えば人間の意識的な作用が全て何らかのプログラムによって制御
されているものだとしても
それでもなお人間には「自由意志がある」ということを前提とし得る
という考え方です。
これは、そういうことにしておいても何も問題が起こらなければ
当然アリにもなり得るという、もはやひたすらそういうことです。

さて、では「A=A」「無」「階層論」は主観主義の限界の向こう側なのか
こちら側なのか、
私にはどうにもこちら側のような気がして仕方がありません。
むしろ主観主義には追い風になる気さえするので
時計さんと折り合いがつかないのは率直に言って不可解だ
ということになるのでした。

お粗末様です。